こたつとガリ版と父

光学式のコピー機など無かったころ。

父の書斎、インクのにおい。
ガリッ ガリッ
と、一文字ずつ、鉄筆で刻む父の面影。

教員だった父、
勉強や手伝いを強要された記憶はほとんどなく、
かといって遊んでもらった記憶が鮮明なわけでもなく、
ただひたすらに、真剣に、真摯に、
明日の授業の準備をする姿、
子供たちに配るプリントをつくるため、
ガリ版に一文字一文字、刻み込む姿が
一番印象に残っています。

ただ、大好きなお父さん、というわけではありませんでした。
それははるかはるか理想の大人で、
見上げるばかり、
父と二人になると、何を話してよいか
わからなくなりました。

だから、ただ聞く。

私の記憶の箱、
そのふたを開けるたび、
私は、いつも、父の書斎にいる。

父の書斎にいて、
こたつにあたって、その横顔を眺めている。
ガリッ ガリッ
と、言葉より豊かな思いを載せた、
父のはなしを聞いている。