実家は歴史がそれなりに古く、
家紋もあります。
「結い柴」
柴を束ねたものがそのまま象形化されています。
なぜこれが家紋なのか…?
それは間違いなく、
「柴」が重要なものだったからでしょう。
先日書いた通り、実家では山の土地を保有しています。
かつてそれはとても重要なことでした。
農地のように作物が収穫できるわけではなく、
別に松茸が生えるわけでもない。
なぜ重要だったかというと、
つまり、燃料の確保です。
枯れ木や枯れ枝、つまり「柴」が
かつて重要な燃料でした。
今や柴が燃料として使われることは、ほぼありません。
常に重視され、大切に管理され、
そのありがたさを家紋にまで描かれた山の価値は、
今や全く顧みられないだけでなく、
厄介扱いされるばかり。
先日の枯れ木をめぐるあれこれは、
時代の大きな変化の中の一つの現象に過ぎないでしょう。
それをよりよく変化させるためには、
ただ個人ができる範囲で山を管理したり、
互いに相談し譲り合い、
ということだけでは不十分。
それだけ大きな時代の変化の表出に対応するためには、
同じだけ大きな変化のうねりが必要になる。
認識の変化。
近代合理主義と科学が先導した変化のバランスをとる、
認識技術の導く変化がそれに当たります。
結い柴の家紋が伝えるのは
ただ山への感謝を忘れないことだけではなく、
環境と人間の変化に、真摯に、真剣に向き合うことだと
感じています。